クラシックギターを弾く人なら、一度は耳にしたことがあるであろう「愛のロマンス」。
哀愁を帯びた旋律が静かなアルペジオの上を流れていく、クラシックギターを代表する名曲のひとつです。日本では1952年のフランス映画『禁じられた遊び』の音楽として広く知られ、「禁じられた遊び」という映画の題名そのものが曲名のように使われることもあります。
ところが、この曲には少々変わった歴史があります。
映画でこの旋律を演奏し、世界的に有名にしたのはスペインの名ギタリスト、ナルシソ・イエペスです。そしてイエペス自身も、自分が少年時代に作曲した曲だと語っていました。
しかしその後、イエペスが生まれるよりも前の楽譜や録音が存在していたことが明らかになっています。
つまり「愛のロマンス」は、誰もが知る有名曲でありながら、誰が最初に作曲したのかは今なおはっきりしない曲なのです。
映画『禁じられた遊び』とナルシソ・イエペス
戦争を子どもの目から描いた名作

映画『禁じられた遊び』(1952年、監督:ルネ・クレマン)
出典:Fondation René Clément / Photo: Tomatis
『禁じられた遊び(Jeux interdits / Forbidden Games)』は、ルネ・クレマン監督によって1952年に制作されたフランス映画です。
舞台は1940年、第二次世界大戦下のフランス。空襲によって両親を失った5歳の少女ポーレットが、農家の少年ミシェルと出会います。
死というものを十分に理解できない二人は、戦争によって身の回りにあふれる「死」を自分たちなりに受け止めようとし、死んだ動物たちのために小さな墓地を作り始めます。
その行為は、大人たちの戦争によってもたらされた死や喪失に、子どもたちなりの方法で向き合おうとするものでもあります。
『禁じられた遊び』は国際的にも高く評価され、1952年のヴェネツィア国際映画祭で最高賞を受賞。その後、アカデミー賞でも外国語映画に対する名誉賞を受賞しました。
映画のギター音楽を担当したイエペス
この映画の音楽を担当したのが、スペインのギタリスト、ナルシソ・イエペスでした。
ただし、「イエペスが映画音楽をすべて作曲した」と表現するのは少し正確ではありません。
映画本編の正式なクレジットには、
「Adaptation musicale et interprétation — Narciso Yepes」
と記されています。
意味としては、「音楽の翻案・編曲および演奏」です。

すべてがイエペスの新作だったわけではない
映画で使用された音楽は、すべてイエペスが新たに作曲したものではありません。
「愛のロマンス」のほかにも、ロベール・ド・ヴィゼの《サラバンド》《ブーレ》や、カタルーニャ民謡《アメリアの遺言》など、既存の作品や伝承曲をイエペスがギター用に編曲・演奏しています。
したがって現在の映画音楽の感覚でいう「作曲家」というより、
映画に適したギター音楽を選び、編曲し、自ら演奏することで作品全体の音楽世界を作った人物
と考えるほうが実態に近いでしょう。
映画と切り離せなくなった一つの旋律
その中でも圧倒的な存在感を持ったのが「愛のロマンス」です。
映画そのものがこの旋律を生み出したわけではありません。
しかし、世界中の多くの人がこの映画を通して曲を知ったことで、『禁じられた遊び』と「愛のロマンス」はほとんど切り離せない関係になりました。
日本で「禁じられた遊び」と言えば、映画そのものより先にこのギターの旋律を思い浮かべる人も少なくないでしょう。
「愛のロマンス」は映画の中でどんな役割を果たしたのか
壮大な戦争音楽とは正反対のギター

映画『禁じられた遊び』(1952年、監督:ルネ・クレマン)
出典:Fondation René Clément / Photo: Tomatis
『禁じられた遊び』は、英雄的な戦争映画ではありません。
大編成のオーケストラによって戦争の壮大さを描くのではなく、物語の中心にあるのは戦争の意味すら十分に理解できない幼い子どもたちです。
そこにイエペスの静かなギターが重なります。
ホ短調で始まる有名な旋律には、明らかな哀愁がありながらも、しかし単純に「悲しい音楽」というだけではありません。
寂しさ、優しさ、無邪気さ、懐かしさが同時に感じられるような、不思議な性格を持っています。
それが戦争という残酷な現実と、ポーレットとミシェルの純粋な世界との対比に重なりながら、独特の旋律を奏でているのです。
ポーレットとミシェルの小さな世界に寄り添う音楽
映画評論家のPeter Matthewsは、Criterion Collectionの評論「Forbidden Games: Death and the Maiden」の中で、イエペスのギターが登場するタイミングそのものに注目しています。
映画の冒頭、ポーレットは空襲によって両親を失い、戦争の現実のただ中に取り残されます。その後ミシェルと出会い、二人だけの秘密や遊び、墓地をめぐる小さな世界へと入っていきます。
Matthewsは、その世界へ移っていく境目を告げるようにイエペスのギターが鳴り始めると捉えています。また、その素朴で哀切な響きが映画全体に漂い、失われた時代への郷愁を感じさせるとも論じています。
ギターは映像を押しのけるように主張するのではありません。むしろ、ポーレットとミシェルだけが共有している小さな世界の内側から聞こえてくるような親密さがあります。
そう考えると、「愛のロマンス」は単なる美しいBGMではなく、戦争という大人たちの現実と、子どもたちが作り上げたもうひとつの世界との境界を印象づける音楽として聴くこともできるでしょう。
映画より古い曲が、映画によって新しい意味を得た
重要なのは、「愛のロマンス」は『禁じられた遊び』のためにゼロから生まれた曲ではないという点です。
しかし、映画によってこの曲はまったく新しい文脈を与えられました。
その結果、映画公開から70年以上が経った現在でも、世界各地でこの曲と『禁じられた遊び』が結びつけられています。
本当にナルシソ・イエペスが作曲したのか?
イエペスの自作説と、それ以前の資料
ナルシソ・イエペス本人は、この曲を自分が作曲したと主張していました。
イエペスの説明によれば、1934年ごろ、まだ7歳だったころに母親のために作曲した曲だったといいます。
さらに、少年時代に故郷ロルカのテアトロ・ゲラで演奏したとも語っています。
その後、別のギタリストが同じ曲を「作者不詳」として演奏しているのを耳にし、自分の少年時代の作品が名前のないまま広まってしまったと考えていたようです。
非常に興味深いエピソードです。
しかし、この主張には大きな問題があります。
同じ曲が、イエペスが生まれるより前から存在しているのです。
イエペスが生まれたのは1927年。
一方、この曲とほぼ同一の音楽が確認できる資料は、19世紀にまでさかのぼります。
そのため、現在知られている「愛のロマンス」という作品全体を、イエペスが1930年代に完全なゼロから作曲したと考えることは非常に難しくなっています。

イエペス版という意味では重要な存在
もちろん、これによってイエペスと曲との関係が否定されるわけではありません。
彼自身が独自の形で曲を記憶・編曲していた可能性もありますし、『禁じられた遊び』で使用した版にはイエペス自身の音楽的な判断も含まれています。
しかし、曲の根本的な旋律や構成そのものには、イエペス以前の歴史があると見るのが妥当でしょう。
元々はギターの「練習曲」だった?
アントニオ・ルビラ名義の古い手稿

この曲の歴史を考える上で非常に重要なのが、19世紀のスペイン人ギタリスト、アントニオ・ルビラ(Antonio Rubira)の名前です。
古い手書き楽譜の中に、
「Dos estudios para guitarra por D. Antonio Rubira y el Sr. de Porqueras」
と記された資料が残っています。
その中のルビラの《Estudio(練習曲)》が、現在「愛のロマンス」として知られている作品と認められる音楽なのです。
曲の作り自体が「練習曲」らしい

この説が面白いのは、「愛のロマンス」を実際にギターで弾いてみると、確かに練習曲として非常によくできた構造になっていることです。
現在もっともよく演奏されている形では、右手は基本的に、1弦 → 2弦 → 3弦を a → m → i の順番で弾くアルペジオを繰り返します。1弦に置かれた最上声を旋律として歌わせながら、2・3弦で伴奏を作るという仕組みです。
ところが、ルビラ名義で残されている古い手稿では、このアルペジオの順番が現在とは異なります。
旋律の1弦を弾いたあと、3弦 → 2弦と進む形になっており、通常の右手運指で考えれば a → i → m。つまり現在一般的な 1弦 → 2弦 → 3弦(a → m → i)とは、伴奏部分の順序が逆になっています。古い手稿に見られるこの形は、現在の版とは異なる「反転したアルペジオ」として知られています。
それでも、一定の右手パターンを繰り返しながら左手のポジションやコードフォームを変え、最上声で旋律を歌わせるという基本的な仕組みは共通しています。
演奏を通して、
- アルペジオを一定に保つ
- 伴奏の上から旋律を浮き立たせる
- 左手のポジションを滑らかに移動する
- セーハを使う
- 音を保持しながら複数の声部をコントロールする
といった、クラシックギターの基本的な技術をまとめて練習できます。
このように見ると、古い資料でこの曲が「Romance」ではなく「Estudio(練習曲)」として伝えられていたことにも、十分納得できる構造になっています
名曲になる前は教材だった可能性も
現在ではコンサートでも演奏される名曲ですが、もともとは華やかな演奏会用作品としてではなく、ギターの技術を学ぶための「Estudio(練習曲)」として流通していた可能性も十分に考えられます。
この曲が《Estudio en Mi de Rubira》――「ルビラのホ調の練習曲」と呼ばれることがあるのは、そのためです。
世界的に有名なギターの旋律が、もともとはごく普通の教材として扱われていたかもしれない。
そう考えると、なかなか面白い曲です。
アントニオ・ルビラが本当の作曲者なのか?

有力な候補ではある
では、作曲者はアントニオ・ルビラなのでしょうか。
その可能性はあります。
ルビラは19世紀に活動したスペインのギタリスト・教師で、「Marqués de Rubira(ルビラ侯爵)」と呼ばれることもありました。
彼の名前と結びついた手稿が残っており、少なくともナルシソ・イエペスよりはるか以前から曲が存在していたことを示す重要な資料となっています。
名前が書いてあるだけでは作曲者とは断定できない
ただし、ここにも注意が必要です。
古い楽譜にある人物の名前が記されているからといって、その人物が作曲者だとは限りません。
その人物が編曲者だった可能性もあります。
教師として生徒に渡すために写譜しただけかもしれませんし、単にその人物を通じて曲が伝えられただけという可能性もあります。
特に19世紀のギター音楽は、印刷された出版譜だけでなく、教師から生徒へ渡された手書きの楽譜などを通して広まることも多かったため、作者を特定するのは簡単ではありません。
結局は現在でも「Romance Anónimo」が多い
これまでこの旋律については、ルビラだけではなく、フェルナンド・ソルやフランシスコ・タレガなど、さまざまなギタリスト・作曲家の名前が挙げられてきました。
ヴィセンテ・ゴメスやナルシソ・イエペスも、自らの作品として扱ったことがあります。
しかし、どの説にも決定的な証拠がなく、現在でももっとも慎重で一般的な表記のひとつが、
Romance Anónimo
となっています。
スペイン語で、文字通り「作者不詳のロマンス」を意味します。
世界でもっとも有名なクラシックギター曲のひとつなのに、作曲者の名前が分からない。
それ自体が、この曲の大きな魅力のひとつになっています。
1900年前後にはすでに録音されていた
蝋管に残された「愛のロマンス」
古くに残っていたものは、楽譜だけではありません。
この曲には、1897~1901年ごろに作られたと考えられる蝋管録音も残されています。
そこには、現在の「愛のロマンス」と同じ旋律が録音されており、付随する記録には「Sort」あるいは「Sor」を示すと思われるギター練習曲の表記と、S. Ramírezという演奏者の名前が残されています。
細かな作者表記については解釈の余地がありますが、重要なのは、20世紀が始まるころには、すでにこの曲が実際にギターで演奏され、録音までされていたという事実です。
イエペスが生まれた1927年よりも、およそ30年も前です。
つまり、古い手稿の片隅に眠っていただけの曲ではありません。
すでにギタリストたちが実際に演奏するレパートリーのひとつとして流通していたとも考えられるのです。

イエペス以前から続いていたギターの伝承
この録音を考えると、「愛のロマンス」の歴史は『禁じられた遊び』よりはるかに古いことが分かります。
イエペスがこの旋律を知ったころには、すでに何十年にもわたってギタリストからギタリストへ伝えられていた可能性があるのです。
実は『禁じられた遊び』より前の映画にも登場している
1941年の『血と砂』

さらに興味深い事実があります。
この旋律は、『禁じられた遊び』から遡って11年前、1941年に公開されたハリウッド映画『血と砂(Blood and Sand)』ですでに使用されていたのです。
この映画でスペイン出身のギタリスト、ヴィセンテ・ゴメス(Vicente Gómez)が、《Romance de Amor》という題名で同じ旋律を演奏しています。
つまり1952年にイエペスが『禁じられた遊び』で演奏するより前から、「愛のロマンス」はすでにハリウッド映画を通じて国際的な場に登場していたことになります。
『禁じられた遊び』が、この曲を使用した最初の映画ですらないのです。
曲の歴史を並べてみると
現在確認できる流れを大まかに並べると、
19世紀のギター手稿
↓
1900年前後の初期録音
↓
1941年 ヴィセンテ・ゴメスと『血と砂』
↓
1952年 ナルシソ・イエペスと『禁じられた遊び』
という形になります。
一人の20世紀の名ギタリストが突然作った曲というより、何世代ものギタリスト、教師、手稿、録音、映画を通して受け継がれてきた旋律と考えるほうが自然です。
イエペスはその伝承を作り出した人物ではありません。
しかし、それを世界的なスタンダードに押し上げた最大の功労者のひとりであることは間違いないでしょう。
「愛のロマンス」の曲の構成
さて、曲の歴史的な背景は一旦このあたりにして、ここからは曲の中身についてみていきたいと思います。
大きく分けるとホ短調とホ長調
「愛のロマンス」は、大きく見ると非常に分かりやすい構造をしています。
中心となるのは、
前半:ホ短調
後半:ホ長調
という二つの対照的な部分です。
誰もが知るホ短調の前半
冒頭のホ短調部分が、もっとも有名な旋律です。
1拍ごとに
1弦 (a) → 2弦 (m) → 3弦 (i)
という一定のアルペジオが流れ続ける中で、主に1弦上に置かれた旋律がゆっくりと進んでいきます。
和声的にも極端に複雑なことをしているわけではありません。
それでも強い印象を残すのは、歌うような旋律と、途切れることなく流れ続けるアルペジオの対比が非常に効果的だからでしょう。
伴奏形はすごく単純ですが、その上の旋律が音楽に明確な方向性を与えています。
後半は同主調のホ長調へ
前半が終わると、曲は同主調であるホ長調へと移ります。
アルペジオの音型は前半と同様、1弦 (a) → 2弦 (m) → 3弦 (i)の順番です。
しかし短調から長調へ移るだけで、音楽の表情は一気に明るく、開放的になります。
「愛のロマンス」の大きな魅力のひとつが、この対比です。
伴奏の仕組みそのものは大きく変えず、和声を変えるだけでまったく違う世界を作り出しているのです。
最後にホ短調へ戻る
多くの楽譜や演奏では、ホ長調の部分を演奏したあと、再び最初のホ短調部分へ戻ります。
一度明るい長調の世界を経験したあとで冒頭の旋律を聴くため、同じホ短調のメロディーが最初よりもいっそう切なく感じられることがあります。
非常に少ない音楽素材から、大きな感情の変化を生み出している作品です。
「愛のロマンス」の難易度
「愛のロマンス」の難易度は、どこまで演奏するか、そしてメロディーをどのように弾くかによって大きく変わります。
前半のホ短調部分は左手の運指が比較的シンプルで、右手も曲を通してほぼ同じアルペジオ音型が続くため、すべてをアルアイレで弾くのであれば初心者でも取り組みやすい曲です。
一方、後半のホ長調ではセーハや大きなストレッチ、ポジション移動などが増え、左手の難易度が一気に上がります。
また、アルペジオの中に埋もれている各拍頭のメロディーをしっかり際立たせるため、メロディーだけをアポヤンドで弾こうとすると右手のコントロールも難しくなります。
目安としては、前半のみをアルアイレで弾くなら初級、全曲をアルアイレで弾くなら初中級、メロディーをアポヤンドで際立たせ、音色や声部のバランスまで意識して演奏するなら中級程度と考えると分かりやすいでしょう。
前半のホ短調は初心者でも取り組みやすい
「愛のロマンス」の中でも、もっともよく知られている前半のホ短調部分は、比較的取り組みやすくできています。
左手は開放弦を効果的に利用でき、難しいセーハや大きなストレッチもそれほど多くありません。ポジション移動も後半に比べれば穏やかで、左手の運指だけを見れば、クラシックギターを始めてそれほど時間が経っていない人でも挑戦しやすい内容です。
さらに、右手は基本的に同じアルペジオ音型を繰り返します。一度そのパターンを覚えてしまえば、曲が進んでも右手の運指そのものが大きく変わることはありません。
そのため、まずはすべての音をアルアイレで弾くのであれば、前半だけなら「初級曲」と考えてよい難易度でしょう。
後半のホ長調で左手の難易度が一気に上がる
一方、後半のホ長調に入ると状況は大きく変わります。
右手は前半と同じ音型のアルペジオを続けていますが、左手には、
- セーハ
- 大きなストレッチ
- ハイポジションへの移動
- 複数の音を押さえたまま旋律を動かすフォーム
などが登場します。
つまり、右手の仕組みはほとんど変わらないまま、左手に要求される技術だけが急激に高くなるのです。
そのため、この曲を初めて練習したときに「前半は思ったより簡単だったのに、後半に入った途端に弾けなくなった」と感じる人は少なくありません。
特に、セーハを安定して押さえる力や、指を大きく開いた状態でフォームを維持する力、ハイポジションへ正確に移動する技術が身についていないと、後半はかなり難しく感じるでしょう。
この意味では、「愛のロマンス」は初級から中級へ進む過程で必要になる左手の技術を学べる、優れた橋渡しの曲とも言えます。
右手のアルペジオそのものはシンプル
左手とは対照的に、右手の基本的な仕組みは非常にシンプルです。
曲のほぼ全体を通して、同じ音型のアルペジオが繰り返されます。
そのため、「正しい音を出して曲を最後まで弾く」ことだけを目標にするのであれば、右手に特別高度なテクニックは必要ありません。
すべてをアルアイレで統一して弾けば、右手は一定のパターンを保つことに集中できます。
この点だけを見ると、「愛のロマンス」は右手よりも左手の難易度によって全体のレベルが決まりやすい曲です。
ただし、これはあくまで「音を弾く」ことを基準にした場合です。
このアルペジオの中から旋律をしっかり聴かせようとすると、右手の難易度は大きく変わります。
メロディーをアポヤンドで弾くと難易度が上がる
「愛のロマンス」では、メロディーだけが独立して弾かれるわけではありません。
旋律の音がアルペジオの一部として組み込まれているのが、この曲の大きな特徴です。
各拍の頭に現れる最上声がメロディーを作り、その後に続く音がアルペジオの内声として伴奏を支えています。
そのため、すべての音を同じ音量・同じタッチで弾いてしまうと、メロディーが伴奏の中に埋もれやすくなります。
そこで、旋律をよりはっきり歌わせる方法のひとつが、各拍頭のメロディーだけをアポヤンドで弾き、それ以外のアルペジオをアルアイレで弾く方法です。
アポヤンドを使うことで旋律により厚みのある音を与えやすくなり、伴奏との音量差も作りやすくなります。
しかし、これは右手にとっては一段難しい技術になります。
同じアルペジオの流れの中で、メロディーではアポヤンド、内声ではアルアイレとタッチを瞬時に切り替えながら、全体のリズムを崩さない必要があるからです。
したがって、「右手は簡単な曲」と言えるのは、すべてをアルアイレで弾く場合まで。
メロディーだけをアポヤンドで際立たせようとすると、右手にも中級程度のコントロールが求められると考えたほうがよいでしょう。
音を並べることと、美しく聴かせることは別
さらに、「愛のロマンス」は正しい音を弾くことと、音楽として美しく聴かせることの差が非常に大きい曲でもあります。
伴奏のアルペジオは常に一定に流れていますが、その上には歌うような旋律があります。そして低音には、和声の進行を支えるベースがあります。
つまり一本のギターで、
メロディー・内声の伴奏・ベース
という複数の役割を同時に弾き分けなければなりません。
旋律はしっかりと前へ出しながら、内声はそれを邪魔しない音量に抑える。ベースには適度な存在感を持たせつつ、重くなりすぎないようにする。
この声部ごとの音量と音色のバランスが、演奏の完成度を大きく左右します。
弾き方によって初級から中級まで難易度が変わる
このように「愛のロマンス」は、一つの難易度だけで表すのが難しい曲です。
前半のホ短調だけを、右手もすべてアルアイレで弾くのであれば初級。
後半のホ長調まで含めて全曲をアルアイレで弾くのであれば初中級。
そして、メロディーをアポヤンドで際立たせ、内声やベースとのバランス、レガート、音色、フレージングまで意識して仕上げるなら中級程度と考えるのが実際の演奏感覚に近いでしょう。
初心者でも比較的早い段階から曲の一部を楽しむことができる一方、演奏力が上がれば上がるほど、より深い表現を追求できる。
初級のころに覚え、その後も何度となく弾き直せることも、「愛のロマンス」がクラシックギターの定番として長く愛されてきた理由のひとつです。
なぜこんなにたくさんの曲名があるのか
世界中で異なる名前を持つ
この曲には驚くほど多くの名称があります。
代表的なものだけでも、
- 愛のロマンス
- 禁じられた遊び
- Romance Anónimo
- Spanish Romance
- Romance de Amor
- Romance d’Amour
- Romanza
- Estudio en Mi de Rubira
- Jeux interdits
- Forbidden Games
などがあります。
ここまでいろいろな呼び方のある理由は、単純に「正式名称が統一されていない」というだけではありません。
この大量の曲名そのものが、「愛のロマンス」の複雑な歴史を表しています。
最初の作曲者が分からないため、「作曲者+作品名」という明確な形が最初から存在していません。
そのまま曲は教師、演奏家、手書き楽譜、レコード、出版社、映画などを通して伝わっていきました。
その過程で、それぞれの場所で新しい名前が付けられたのです。
一つの曲にこれほど多くの名前が存在すること自体が、この旋律が世界各地で独自に受け入れられてきた証拠とも言えるでしょう。
以下は代表的な呼び方についてです。
「Romance Anónimo」
スペイン語圏やクラシックギターの世界でよく使われるのが、Romance Anónimoです。
直訳すれば、「作者不詳のロマンス」。
現在分かっている歴史を考えると、もっとも慎重な呼び方のひとつでしょう。
「Spanish Romance」
英語圏では、Spanish Romanceという名前が広く使われています。
「スペインのロマンス」という分かりやすい名称で、英語圏の楽譜や演奏でも頻繁に目にします。
「愛のロマンス」「禁じられた遊び」
日本では「愛のロマンス」という名称が広く定着しています。
また、映画との結びつきが非常に強いため、「禁じられた遊び」そのものを曲名として扱うケースも珍しくありません。
そのため、日本のギタリスト同士で「禁じられた遊びを弾く」と言えば、多くの場合は映画ではなくこのギター曲を指します。
まとめ:作者不詳の練習曲から世界的なスタンダードへ
イエペス以前から曲は存在していた
これまで見てきたように、「愛のロマンス」はナルシソ・イエペス以前から存在していました。
19世紀の手稿があり、1900年前後には録音され、1941年には映画『血と砂』でも演奏されています。
曲そのものをイエペスが生み出したとは考えにくいのが現在の状況です。
それでもイエペスの功績は非常に大きい
しかし、それとは別に明確なことがあります。
ナルシソ・イエペスが、この曲の世界的な知名度を大きく変えたことです。
『禁じられた遊び』は世界各国で公開され、国際的に高い評価を受けました。
その映画の印象的なギター音楽をイエペスが担当したことで、古くから存在していた小さなギター曲が、一気に世界中の人々の耳へ届くことになります。
言い換えれば、映画が古いギター曲に新しいアイデンティティを与えたのです。
クラシックギターを代表する定番曲へ
その後、「愛のロマンス」はクラシックギターを代表するスタンダード曲となりました。
コンサートで演奏されるだけでなく、初心者から中級者向けの教材としても世界中で取り上げられています。
『禁じられた遊び』の公開から70年以上が経った現在も、数え切れないほどのギタリストがこの曲を学び、演奏し、録音しています。
映画そのものも評価され続けており、2024年には修復版『Jeux interdits』がヴェネツィア国際映画祭のVenice Classics部門で上映されました。
音楽そのものは驚くほど単純
「愛のロマンス」の音楽そのものは、非常にシンプルです。
繰り返されるアルペジオ。
歌うような旋律。
ホ短調からホ長調への変化。
基本的には、それだけです。
しかし、その数ページの楽譜の背後には、100年以上にわたる複雑な歴史が隠れています。
今も解決していない謎
本当にアントニオ・ルビラが作曲したのか。
もともとはギターの練習曲だったのか。
19世紀にはどれほど広く演奏されていたのか。
なぜヴィセンテ・ゴメスやナルシソ・イエペスなど、複数のギタリストが自作曲として扱うことになったのか。
そして、なぜイエペスの演奏がこれほど決定的に曲のイメージを変えたのか。
最初にこの旋律を書いた人物が誰なのかは、今後も分からないままかもしれません。
一人の作曲家ではなく、ギターの伝統に属する曲
しかし、その不確かさこそがこの作品を面白くしているとも言えます。
「愛のロマンス」は、一人の有名な作曲家の作品というよりも、何世代ものギタリストの手を渡り歩きながら、クラシックギターという楽器そのものの共有財産になった曲なのかもしれません。
ナルシソ・イエペスがゼロから生み出した曲ではなかったとしても、その功績が小さくなるわけではありません。
『禁じられた遊び』を通じて、彼は作者不詳の古いギター曲に「世界中の聴衆」という新しいものを与えました。
現在の「愛のロマンス」は、
初心者でも挑戦できるほど親しみやすく、熟練したギタリストが何度でも向き合えるほど奥深く、それほど世界的に有名なのに、誰が作曲したのかさえ分からない。
そんな少し不思議な、クラシックギターを代表する名曲なのです。
参考文献
• Narciso Yepes, “Narciso Yepes Speaks on Forbidden Games Romance.” Archival interview recording, YouTube.
https://www.youtube.com/watch?v=TWJfF0XegAw&utm_source=chatgpt.com
• Gerardo Arriaga, “Entrevista con Marysia Szumlakowska, Ana Yepes e Ignacio Yepes.” Roseta: Revista de la Sociedad Española de la Guitarra, No. 2, May 2009, pp. 138–151. Sociedad Española de la Guitarra.
https://www.sociedadespañoladelaguitarra.com/images/pdf/02%20Entrevista%20Yepes%20Roseta-02opt.pdf?utm_source=chatgpt.com
Peter Matthews, “Forbidden Games: Death and the Maiden.” The Criterion Collection, December 5, 2005.
https://www.criterion.com/current/posts/408-forbidden-games-death-and-the-maiden

