タレガ《アルハンブラの思い出》徹底解説 | 作曲背景・トレモロ・曲の構成

クラシックギターの名曲として、広く知られている作品のひとつが、フランシスコ・タレガ作曲の《アルハンブラの思い出》です。

途切れることなく流れるトレモロの旋律と、その下で静かに揺れる伴奏。どこか遠い記憶をたどるような響きは、クラシックギターを知らない人にも強い印象を残します。

この作品は、トレモロ奏法を用いた技巧的な作品であると同時に、ギターという楽器が持つ「歌う力」を引き出した音楽でもあります。

この記事では、《アルハンブラの思い出》について、作曲の背景、題名の意味、トレモロ奏法、曲の構成と聴きどころ、演奏の難しさなどを詳しく解説します。

目次

《アルハンブラの思い出》とは

《アルハンブラの思い出》は、スペインの作曲家・ギタリストであるフランシスコ・タレガが作曲したクラシックギター独奏曲です。

原題は Recuerdos de la Alhambra
日本語では一般に「アルハンブラの思い出」と訳され、「アルハンブラ宮殿の思い出」と呼ばれることもあります。

この曲の最大の特徴は、ほぼ全曲を通して用いられるトレモロ奏法です。

クラシックギターのトレモロでは、右手の親指で低音や和音を弾きながら、薬指・中指・人差し指などで旋律の音を細かく反復します。その結果、本来はすぐに減衰してしまうギターの音が、まるで長く持続しているかのように聴こえます。

タレガの弟子であり、その奏法を後世に伝えたエミリオ・プジョールは、《アルハンブラの思い出》をトレモロの練習曲として位置づけながらも、その旋律を非常に高く評価しています。また、タレガの柔らかなタッチ、完成された技巧、深い感情があってこそ、この作品の幻想的な響きが生まれたと述べています(Pujol, 1960)。

つまり、《アルハンブラの思い出》はトレモロの技術を披露するためだけの作品ではありません。

トレモロという技法によって、ギターに持続する歌を与えること。それが、この曲の中心にある音楽的な発想です。

作曲者フランシスコ・タレガについて

フランシスコ・タレガは、1852年にスペインのビリャレアルに生まれ、1909年にバルセロナで亡くなった作曲家・ギタリストです。

近代クラシックギターの歴史において重要な人物のひとりで、「クラシックギターの父」とも言われることもあります。

《アルハンブラの思い出》のほか、《アラビア風奇想曲》《涙》《アデリータ》《マリエータ》など多くのギター作品を残し、その多くが現代のクラシックギタリストの重要なレパートリーとなっています。また、バッハ、ベートーヴェン、ショパン、アルベニスなどの作品をギター用に編曲し、ギターで演奏できるレパートリーを広げることにも貢献しました。

タレガが活動した19世紀後半、ギターはピアノやヴァイオリンほどコンサート楽器として高い地位を得ていたわけではありません。音量が小さく、大規模な演奏会場には向かない楽器とも考えられていました。

一方、この時代にはアントニオ・デ・トーレスによるギター製作の革新が進み、現在のクラシックギターにつながる楽器が形づくられていきます。タレガもトーレス製のギターを使用しながら、音色、奏法、レパートリーの可能性を追求しました。

タレガひとりが近代クラシックギターのすべてを作り上げたわけではありません。しかし、その演奏、作品、編曲、そして弟子たちへの指導が、後のクラシックギター界に大きな影響を与えたことは確かです(Clark, 2010)。

《アルハンブラの思い出》は、そのようなタレガの音楽的な理想を象徴する作品のひとつといえるでしょう。

作曲の背景――《アルハンブラの思い出》はいつ生まれたのか

曲の舞台となったアルハンブラ宮殿

《アルハンブラの思い出》を語るうえで欠かせないのが、スペイン南部の都市グラナダにあるアルハンブラ宮殿です。

アルハンブラ宮殿は、イベリア半島におけるイスラム文化の歴史を今に伝える宮殿・城塞群です。
壁や天井を埋め尽くす精緻な装飾、光を映す水面、静かな中庭と庭園。建築と自然が溶け合うこの場所は、長いあいだ多くの芸術家を魅了してきました。

タレガもまた、アルハンブラを訪れ、その印象をギター曲として残したと伝えられています。

ただし、《アルハンブラの思い出》がいつ、どのような経緯で生まれたのかを調べていくと、話はそれほど単純ではありません。

この曲の成立をめぐっては、弟子が伝えた「1896年の物語」と、現存する自筆譜が示す「1899年の記録」という、二つの手がかりが残されているからです。

1896年――弟子プジョールが伝えた「作曲の物語」

タレガの弟子エミリオ・プジョールによる伝記では、タレガは1896年のアンダルシア旅行でグラナダを訪れ、夕暮れのアルハンブラ宮殿を見学したとされています。

その夜、宿に戻ったタレガの心に、アルハンブラで受けた印象がよみがえり、後に《アルハンブラの思い出》となるトレモロのモチーフを書き留めた、というのがプジョールの伝える物語です(Pujol, 1960)。

夕暮れの宮殿を歩き、その静けさや風景を心に刻み、夜になってからギターに向かう――。

曲の幻想的な響きにもよく似合う印象的なエピソードであり、この記述をもとに、「タレガがアルハンブラを訪れた夜に曲を書いた」という物語が広く紹介されてきました。

しかし、プジョールの伝記が刊行されたのは、タレガの死から半世紀ほど後のことです。そのため、この物語だけを根拠に、1896年に現在の作品が完成したと考えることはできません。

そこに新たな手がかりを与えたのが、後に公になったタレガの自筆譜でした。

1899年――自筆譜に残された、もうひとつの題名

1991年、音楽学者デイヴィッド・J・ブックによって《アルハンブラの思い出》につながるタレガの自筆譜が公表されました。
この自筆譜には、「1899年12月8日、マラガ」という日付が記されています。

興味深いのは、そこに書かれた題名が、現在の Recuerdos de la Alhambra ではなかったことです。

自筆譜には、次の題名が記されていました。

Improvisación ¡A Granada! Cantiga Árabe
(即興曲「グラナダへ!」アラブの歌)

現在の「アルハンブラの思い出」という題名からは、過ぎ去った風景を静かに振り返るような印象を受けます。

それに対して、「グラナダへ!」という言葉には、心がその場所へ向かっていくような、より直接的な感情が感じられます。「アラブの歌」という副題も、アルハンブラが持つ歴史的・文化的なイメージを、現在の題名より前面に押し出しています。

同じ音楽でも、題名が違えば、そこから浮かび上がる情景も少し変わって見えるのです。

コンチータに贈られた「詩的な印象」

この自筆譜は、タレガの支援者であり弟子でもあったコンセプシオン・ゴメス・デ・ハコビー、通称コンチータに献呈されています。

さらに楽譜の末尾には、この作品が、二人で目にしたアルハンブラから受けた「小さな詩的印象」である、という趣旨の言葉が記されています(Buch, 2020)。

この言葉からは、作品が単に有名な宮殿を題材にしたものではなく、タレガとコンチータが共有した実際の体験や記憶から生まれたことがうかがえます。

アルハンブラという場所の記憶であると同時に、誰かとともに見た風景の記憶でもあったのかもしれません

その後、作品が出版された際には、題名が現在の Recuerdos de la Alhambra に変わり、フランスのギタリストでタレガの友人でもあったアルフレッド・コタンへの献辞が記されました。

題名だけでなく、献呈先も変わっているのです。

現在広く知られている出版譜だけを見ていると、この曲とコンチータとの関係は見えてきません。1899年の自筆譜は、出版の過程で表面から消えていった、作品の個人的な背景を伝える資料でもあります。

着想は1896年、作品化は1899年だったのか

それでは、《アルハンブラの思い出》は1896年に生まれたのでしょうか。それとも、1899年に作曲されたのでしょうか。

現時点で確実に確認できるのは、現在の作品につながる自筆譜が、1899年12月8日にマラガで書かれていることです。

一方、プジョールは、タレガが1896年のアルハンブラ訪問から作品を着想したと伝えています。

この二つは、必ずしも完全に矛盾するものではありません

1896年の訪問時に最初の旋律や発想が生まれ、その記憶がタレガの中に残り続け、1899年に作品としてまとめられた可能性も考えられます。
ただし、その過程を直接示すスケッチや手紙などは確認されていないため、「1896年に着想し、1899年に完成した」と断定することもできません。

一夜のうちに生まれた曲だったのか。それとも、アルハンブラの印象が数年の時間を経て、少しずつ音楽へと変わっていったのか

詳しい作曲過程は、今も完全には分かっていません。

だからこそ、《アルハンブラの思い出》の成立には、自筆譜が明らかにする歴史的な事実と、弟子が語り継いだ美しい物語の両方が残されています。

その二つのあいだにある余白もまた、「思い出」という題名を持つこの曲によく似合っているように感じられます。

「思い出」を響かせるトレモロ

前章で見たように、「アルハンブラの思い出」という題名は、自筆譜の段階から一貫して付けられていたものではありません。

それでも現在では、この題名とトレモロの響きを切り離して考えることは難しいほど、両者は自然に結びついています

なぜ、この曲には「思い出」という言葉がこれほどよく似合うのでしょうか。

その理由のひとつは、曲のほぼ全体を覆っているトレモロの、少し不思議な聞こえ方にあります。

目の前の風景ではなく、心に残った風景

《アルハンブラの思い出》は、宮殿の姿を具体的に描写していく音楽ではありません。

建物の形や庭園の様子を順番に表すのではなく、アルハンブラを離れた後も心に残り続ける印象を、ひとつの歌として浮かび上がらせているように聞こえます。

その旋律には、はっきりとした輪郭があります。しかし同時に、どこか遠くから響いてくるような曖昧さも感じられます。

目の前にある風景ではなく、時間を隔てた記憶の中の風景。近くにあるようで、もう手を触れることはできないもの。

そのような距離感を生み出しているのが、細かな音を絶え間なく反復するトレモロです。

音を伸ばせないギター

クラシックギターは、弦をはじいて音を出す楽器です。

一度鳴らした音は、その瞬間から少しずつ小さくなり、やがて消えていきます。ヴァイオリンのように弓を動かし続けて音を保つことも、歌や管楽器のように息を送り続けることもできません。

これはギターの魅力でもありますが、旋律を長く歌わせようとするときには、大きな制約になります。

そこで用いられるのがトレモロです。

《アルハンブラの思い出》では、右手の親指が低音や和音を受け持ち、その間に薬指・中指・人差し指が旋律の音を細かく反復します。

耳にはひとつの音が長く続いているように聞こえますが、実際に鳴っているのは、短い音の連なりです。

消えていく音から、消えない歌をつくる

トレモロの一音一音は、鳴ったそばから消えていきます。
ところが、その短い音が一定の流れで続くと、私たちの耳はそれらを別々の音ではなく、ひとつにつながった旋律として受け取ります。

そこに、ギターのトレモロならではの美しさがあります。

ヴァイオリンや歌声のように、本当に一本の音が伸びているわけではありません。いくつもの小さな音が次々と生まれ、消えながら、その向こうにひとつの長い歌を浮かび上がらせているのです。

タレガの弟子エミリオ・プジョールは、タレガの別のトレモロ作品《スエーニョ》について、トレモロが撥弦楽器における「旋律を持続させる」という問題を、ある程度解決する技法であると説明しています(Pujol, 1960)。

しかし、タレガが《アルハンブラの思い出》で生み出したものは、単なる技術的な解決にとどまりません。

本来は消えていくはずの音が、消えない歌のように聞こえる。そのはかなさと持続のあいだにある響きが、過ぎ去ったものを心の中によみがえらせる「思い出」という感覚と重なっているように思われます。

トレモロを「連打」で終わらせない

トレモロは、同じ音を素早く繰り返す奏法です。

しかし、《アルハンブラの思い出》を聴くときに大切なのは、細かな反復そのものではありません

旋律がどこへ向かい、どの音に近づくにつれて緊張が高まり、どこで静かに落ち着くのか。ひとつひとつの粒を追うのではなく、その奥にある大きな旋律の流れを聴く必要があります

トレモロの粒がどれほど均一にそろっていても、旋律に方向や呼吸がなければ、音の反復だけが耳に残ってしまいます。

反対に、ひとつの歌として自然に流れていれば、聴き手は右手の細かな動きを意識しなくなります。聞こえてくるのは、技法としてのトレモロではなく、静かに息づく旋律です。

この曲の難しさは、速く反復することではなく、むしろ反復していることを忘れさせるところにあるのではないでしょうか。

イ短調からイ長調へ、そして再び ―― 曲の構成と聴きどころ

《アルハンブラの思い出》では、ほぼ全曲を通して同じトレモロの技法が用いられています。

構造的に中身を見てみると、イ短調の部分とイ長調の部分があり、大きくA・B・Codaの三つの部分に分けられています。

Aはイ短調、BとCodaがイ長調です。そして、楽譜の繰り返し記号に従って演奏すると、各部分は次の順番で現れます。

A(短調)→ A → B(長調)→ B → A(短調)→ B(長調)→ Coda(長調)

最初にAとBがそれぞれ二度ずつ演奏された後、もう一度Aへ戻り、再びBを経てCodaへ進みます。

つまり、この曲は「暗い短調から明るい長調へ」と一直線に進むのではありません。イ短調とイ長調のあいだを行き来しながら、最後にイ長調の響きへ落ち着いていく構成になっています。

Aセクション――イ短調による、内側へ向かう歌

イ短調で始まるAセクションは、静かで内省的な雰囲気を持っています。

旋律は途切れることなく流れていますが、ただ同じ場所を漂っているわけではありません。上昇するところでは感情が少しずつ高まり、下降するところでは、何かを振り返るように静けさを取り戻します。

華やかな宮殿を目の前にしているというより、すでにその場所を離れた後、心の中に残った風景をたどっているような音楽です。

ただし、Aを単純に「悲しい部分」と捉えるだけでは、その表情を十分に捉えられません。

そこには悲しさだけでなく、懐かしさや憧れ、静かな温かさも含まれています。はっきりとひとつの感情に決められないところが、この旋律の魅力でもあります。

曲の冒頭では、このAが繰り返されます。

同じ旋律をもう一度聴くことで、その歌は一度きりの出来事ではなく、心の中で何度もよみがえる記憶のように、少しずつ深く刻まれていきます

Bセクション――イ長調に変わり、同じ風景に光が差す

Bセクションに入ると、調性はイ短調からイ長調へ変わります。

トレモロはそのまま続いているのに、音楽を包む色は大きく変わります。Aセクションでは内側へ向かっていた視線が、ふと外へ開かれ、同じ風景に柔らかな光が差し込むように感じられます

しかし、この明るさは、Aセクションの雰囲気を忘れさせるような単純な喜びではありません。

すでにイ短調の旋律を聴いた後だからこそ、イ長調の響きにも懐かしさや余韻が残ります。悲しみが消えたというよりも、その記憶を抱えたまま、少し穏やかな表情へ変わったように聞こえるのです。

曲の前半では、このBも二度演奏されます。

同じイ長調の旋律が繰り返されることで、Aから移り変わった明るい響きが一時的なものではなく、ひとつのまとまった世界として広がっていきます。

タレガが具体的な物語を示したわけではないため、こうした情景はあくまで音楽から受け取る解釈のひとつです。

それでも、トレモロの流れ自体は変わらないまま、和声によって暗さにも明るさにも染まるところに、この作品の巧みさがあります。

もう一度Aセクションへ――明るさを知った後に戻るイ短調

AセクションとBセクションがそれぞれ二度ずつ演奏されると、曲はそのままCodaへ進むのではなく、もう一度イ短調のAセクションへ戻ります。

ここが、《アルハンブラの思い出》の構成を考えるうえで重要なところです。

戻ってくるAセクションの旋律は、音そのものとしては冒頭と同じです。

しかし既にBセクションの明るいイ長調を経験してい聴き手は、再び現れるAセクションに対して最初に聴いたときとは少し違った表情を帯びて聞こえます。

冒頭では曲の出発点だったイ短調が、ここでは一度離れた場所への回帰となります。明るい風景を見た後、もう一度静かな記憶の中へ引き戻されるような感覚です。

同じ旋律であっても、曲のどこで現れるかによって、その意味や印象は変わります。

《アルハンブラの思い出》は、Aを再び登場させることで、短調から長調への単純な変化ではなく、記憶が行きつ戻りつするような時間の流れを作り出しているのです。

再びBセクションへ――イ長調からCodaへ

Aセクションへ戻った後、曲はもう一度Bセクションへ進みます。
イ短調の響きが戻ってきたことで、続くイ長調は、最初に現れたとき以上に開放的に感じられます。

そして今度はBセクションからそのままイ長調のCodaへ入り、イ長調の響きを保ったまま終わります。

AセクションとBセクションを行き来してきた音楽が、最終的にはBの明るい響きを引き継ぎ、Codaによって静かに結ばれるのです。

この構成を追ってみると、曲全体は次のような流れを持っていることが分かります。

イ短調の記憶が現れ、イ長調の光へ移る。そこから再びイ短調へ戻り、最後にもう一度イ長調へ向かって終わる。

単に暗い場所から明るい場所へ進むのではなく、二つの響きのあいだを往復した後で、明るさの中に余韻を残して閉じるところに、この曲ならではの物語性があります。

旋律の下で歌う、もうひとつの声

曲の構成を追うとき、高音で流れ続けるトレモロだけでなく、その下で親指が弾いている低音にも注目してみてください

低音は、単に拍子を刻むだけの伴奏ではありません。旋律とは異なる動きをしながら和声の流れを作り、AからBへ、BからAへと音楽が移り変わる感覚を支えています

高音には、絶え間なく続く旋律があります。その下には、ゆっくりと歩く低音があります。

二つの声は異なる時間の流れを持ちながら、互いに支え合っています。それによって、ひとりの奏者が一台のギターを弾いているにもかかわらず、二人が静かに歌い交わしているような奥行きが生まれます。

《アルハンブラの思い出》の美しさは、トレモロだけで作られているのではありません。流れる高音と、それを導く低音の関係があってこそ、AとBの調性や表情の違いも、より鮮明に感じられるのです。

聴きどころは、トレモロの速さだけではない

《アルハンブラの思い出》を聴くとき、最初に耳を引くのは、やはり途切れることのないトレモロです。

しかし、曲の構成を知ったうえで聴くと、その奥にある大きな流れも見えてきます。

最初のAセクションとBセクションは、どのような違いを持っているのか。イ長調のBセクションを聴いた後、戻ってきたイ短調のAセクションは、冒頭と同じように聞こえるのか。最後のBセクションは、それまでのBセクションとどのように印象が変わるのか。そして、Codaは二つの調を行き来してきた音楽を、どのように結んでいるのか。

さらに、旋律がどこへ向かっているのか、低音がどのように進み、和声の色を変えているのかにも耳を向けてみてください。

そうした流れに注目すると、この曲は「トレモロが美しい曲」から、回帰と変化を繰り返しながら緻密に組み立てられた音楽へと姿を変えます

指がどれほど速く動いているかではなく、その音がどこから戻り、どこへ向かっているか。

そこに耳を向けたとき、《アルハンブラの思い出》が技巧曲を超えて愛されてきた理由が、よりはっきりと見えてきます。

タレガの音色へのこだわり

タレガは、ギターの音色を重視した演奏家だったと伝えられています。

タレガの右手奏法については、1900年前後から爪を短くし、やがて爪をほとんど使わず、指頭を中心に弦をとらえる奏法へ移行したとされています(Gimeno García, 2004)。

ただし、《アルハンブラの思い出》の自筆譜は1899年の日付を持つため、晩年の爪を使わない奏法と、この曲の作曲を直接結びつけることはできません。

タレガ自身がこの曲をどのような爪の状態で演奏していたか、また作曲時にどの音色を想定していたかについては、慎重に考える必要があります。

それでも、タレガが音の大きさや華やかさだけでなく、柔らかさ、深さ、旋律の歌い方を大切にしていたことは、《アルハンブラの思い出》を演奏するうえでも重要な視点です。

この曲では、ただ明瞭で大きな音を出せばよいわけではありません。

高音の旋律が滑らかに浮かび、低音がその下を静かに支え、全体がひとつの響きとしてまとまることが求められます。

音量よりも音の質が、速さよりも旋律の流れが大切な作品なのです。

演奏が難しい理由

《アルハンブラの思い出》は、クラシックギターを学ぶ人にとって憧れの曲である一方、実際に演奏するとなると非常に難しい作品です。

難しさの中心は、やはりトレモロにあります。

しかし、右手の指を速く動かせるだけでは、この曲を美しく演奏することはできません

大切なのは、細かく反復される音を「連打」としてではなく、ひとつの旋律として聴かせることです。

右手の音量や間隔が不均一になると、旋律が震えたり、途切れたりして聞こえます。また、親指で弾く低音や和音が強すぎると、トレモロの旋律が伴奏の中に埋もれてしまいます。

さらに、右手が安定していても、左手の移動や押弦の変化によって音が途切れることがあります。

演奏において、特に重要になるのは次のような点です。

  • トレモロの音量と間隔をできるだけ均一にする
  • 高音の旋律を伴奏よりも前に出す
  • 親指の低音や和音を強く弾きすぎない
  • 左手の移動によって旋律が途切れないようにする
  • 音の粒ではなく、旋律全体の方向を意識する
  • フレーズの頂点と終わりを考える
  • 速さよりも音色と流れを優先する

楽譜には Andantino と記されています。一般には「ややゆっくりと歩くように」と捉えられる速度表示です。

もちろん、実際のテンポには演奏者による違いがありますが、トレモロの細かさを見せるために急ぎすぎると、旋律の呼吸や、曲が持つ回想的な雰囲気が失われやすくなります。

《アルハンブラの思い出》は、速さを誇示するための曲ではありません。

細かな音の向こう側に、ひとつの自然な歌を感じさせること。それが、この曲を演奏するうえでの最大の課題です。

なぜ《アルハンブラの思い出》は名曲なのか

《アルハンブラの思い出》が長く愛されている理由は、トレモロが難しいからだけではありません。

クラシックギターには、この曲以外にも高度な技巧を必要とする作品が数多くあります。難しさだけを比べれば、《アルハンブラの思い出》以上に複雑な作品もあるでしょう。

この曲が特別なのは、技巧が音楽表現と切り離せない形で使われていることです。

ギターの音は、鳴った瞬間から消え始めます。

タレガは、その性質を単なる弱点として扱うのではなく、細かな音が集まってひとつの歌に聞こえる、ギター独自の表現へと変えました。

トレモロの旋律は、持続しているように感じられます。しかし耳を澄ませば、それは常に生まれては消えていく音の連なりです。

この「消えていく音によって、消えない歌を作る」という矛盾した感覚が、《アルハンブラの思い出》に独特の詩情を与えています

さらに、イ短調からイ長調へ移る構成、高音の旋律と低音の対話、少しずつ移り変わる和声が、作品に奥行きを与えています。

そして「アルハンブラの思い出」という題名が、音楽に時間の隔たりを感じさせます。

今、目の前にある風景ではなく、すでに過ぎ去り、記憶の中に残っている風景。

トレモロの響きは、その遠い記憶が揺れながら浮かび上がる様子によく似ています。

プジョールは、トレモロという技法には反復による単調さが生じる可能性があるとしながらも、《アルハンブラの思い出》の旋律は時代を超えて残るという趣旨の評価をしています(Pujol, 1960)。

技巧を聴かせる作品でありながら、聴き手の記憶に残るのは技巧そのものではなく、静かに流れる旋律です。

そこに、《アルハンブラの思い出》が単なる練習曲を超え、クラシックギターを象徴する名曲となった理由があるのではないでしょうか。

まとめ

《アルハンブラの思い出》は、フランシスコ・タレガを代表するクラシックギター独奏曲です。

作品の成立については、1896年のアルハンブラ訪問時に着想を得たという伝承がある一方、現存する自筆譜には1899年12月8日の日付があり、コンセプシオン・ゴメス・デ・ハコビーへの献辞と、アルハンブラで共有した印象に関する言葉が残されています。

自筆譜の題名は Improvisación ¡A Granada! Cantiga Árabe であり、後に Recuerdos de la Alhambra という現在の題名で出版されました。

この曲の中心となるトレモロは、単なる技巧ではありません。

すぐに消えてしまうギターの音を細かく反復し、持続する旋律のように聴かせることで、タレガはギターに独特の歌を与えました。

イ短調の静かで内省的な前半と、イ長調の明るく開かれた後半。高音の旋律と、それを支える低音。音の粒がひとつの歌へと変わっていく不思議な感覚。

そうした要素が重なり、《アルハンブラの思い出》の幻想的な世界が作られています。

この作品は、トレモロの難曲であると同時に、クラシックギターという楽器の性質そのものを音楽に変えた作品です。

だからこそ《アルハンブラの思い出》は、作曲から一世紀以上が過ぎた現在も、世界中のギタリストによって演奏され、多くの人に愛され続けているのです。

参考文献・資料

Emilio Pujol, Tárrega: Ensayo biográfico, Lisboa: Talleres Gráficos de Ramos, Afonso & Moita, 1960.
Open Library 書誌情報

David J. Buch, “Concepción Gómez de Jacoby: Tárrega’s Enigmatic Patron and Recuerdos de la Alhambra,” Musicological Trifles and Biographical Paralipomena, 2020.
論文掲載ページ

Walter Aaron Clark, “Francisco Tárrega, Isaac Albéniz, and the Modern Guitar,” Soundboard, Vol. 36, No. 1, 2010.
Guitar Foundation of America・Soundboard Archive

Julio Gimeno García, “The ‘Tárrega School’ According to the Methods of Pascual Roch and Emilio Pujol,” Soundboard, Vol. 30, No. 3, 2004, pp. 9–24.
著者公開資料

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